大判例

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静岡地方裁判所 昭和47年(人)3号 判決

請求者

X

代理人

佐藤久

沢口嘉代子

拘束者

Y1

拘束者

Y2

両名代理人

河野富一

杉田雅彦

被拘束者

Z

国選代理人

牧田静二

主文

被拘束者を釈放し、これを請求者に引き渡す。

手続費用は、拘束者らの負担とする。

事実

第一、請求者代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の理由として次のとおり述べた。

一、請求者は、昭和四四年八月二五日Aと婚姻し、昭和四五年五月三一日同人との間に被拘束者をもうけたのであるが、昭和四六年二月一五日調停により被拘束者の親権者をAと定めて離婚し、同月二八日被拘束者をAに引渡した。

二、右離婚にあたり、請求者としては自ら親権者となり養育することを求め続けたのであるが、Aも自ら育てると主張して譲らなかつたので、しまいにはAが被拘束者を自ら養育し幸福にしてくれると信じてAを親権者とすることに同意し引渡したのであつた。ところがAはその日のうちに全く関係のない第三者である拘束者ら夫婦に対し被拘束者を引渡してしまつた。

三、請求者は、被拘束者をAに渡したのち後悔と悲しみに満され、被拘束者のことが心配で、その安否を尋ねないではいられなかつた。その結果被拘束者がA方にいないこと、拘束者方にいることが判明した。

四、そこで、請求者は、同年三月二〇日拘束者方を訪れ、被拘束者の引渡を求めたが拒絶された。まもなく同月二五日、静岡家庭裁判所から拘束者申立の養子縁組許可申立事件について照会があつたので、請求者は自ら養育したいと回答すると共に、同年四月初め、被拘束者の親権者を請求者に変更するため同裁判所に調停を申立てた。

五、右調停では、調停に参加した拘束者が被拘束者を請求者に引渡することを拒否したため、不調となつて審判に移行し、同年一二月一三日被拘束者の親権者を請求者とする旨の審判がなされ、確定した。

請求者はさらに被拘束者の氏をXに変更する旨の審判をえて、被拘束者を請求者の戸籍に入れた

六、請求者は、親権者となつてから、被拘束者を監護養育する立場にあるので、何回となく、拘束者に対し被拘束者の引渡を求めたがこれに応じないので、さらに拘束者を相手方として静岡家庭裁判所に被拘束者の引渡を求める調停の申立をしたが、拘束者は被拘束者を引渡す意思がなく調停は不調に終つた。

七、以上のとおり、拘束者の拘束は法令の定める方式又は手続に著しく違反していることが顕著であり、ほかに救済の目的を達する方法のないことは疑いの余地がない。被拘束者を一日も早く親権者であり、実の母親として被拘束者に深い愛情をよせている請求者のもとで監護させることが、被拘束者に幸福をもたらす道である。よつて一刻も早く被拘束者の釈放を求めるため本請求に及ぶ。

第二、拘束者代理人は、「請求者の請求を棄却する。手続費用は請求者の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、拘束者らは、昭和三八年二月一三日に婚姻したが、子宝に恵れないので、出来うれば生れたばかりの子を貰い受け、養子として実子同様の愛情をもつて養育したいと念願していたところ、折からAが離婚して生れて間もない被拘束者を育てるのに困るから養子に出したいとの話を聞いたので、昭和四六年二月二八日生れて九ケ月に満たない被拘束者を親権者たるAから貰い受け、その後実子同様の愛情をもつて養育してきた。(拘束の根拠)

二、拘束者らは、一日も早く被拘束者との養子縁組をしたいと考え、同年三月一六日静岡家庭裁判所に許可の申立をしたが、他方で同年四月ころ請求者から親権者変更の申立がなされ、家庭裁判所は請求者を被拘束者の親権者にする旨の審判をした。そのため、右養子縁組はいまだなされていない。

三、拘束者らは、被拘束者に対して実子同様の深い愛情の絆で結ばれ、同人を手放して生きることは到底考えられない心情にあり、かつ同人を自分の手で養育することが被拘束者の幸福であると確信している。現に被拘束者は近隣の人がうらやむ程幸福に育てられている。

このように、拘束者のもとで幸福に養育されている被拘束者が、不当に人身の自由を奪われている者として、人身保護法により救済しなければならない拘束状態にあるものとは考えられない。少くとも人身保護規則第四条にいう拘束の違法性が顧著であるものとはいえない。

四、拘束者らは、現在被拘束者を愛育するに十分な経済的基盤を有し上記のとおり深い愛情をもつて育てているから、拘束者のもとで養育されるのが被拘束者のために最も幸福である。

一方請求者は生後間もない被拘束者を自ら一旦手放しておきながら、自分が法律上の親権者となつたからといつて、十分に監護することもできないのに、被拘束者の引渡を求めるのは、親権の濫用であつて許されない。

五、以上によれば、本請求は失当として棄却すべきである。

第三、疎明<省略>

理由

一、<証拠によると>、請求の理由第一ないし六項の各事実が疏明される。

二、右事実によれば、拘束者らは、昭和四六年二月二八日当時被拘束者の親権者であつたAから被拘束者を事実上の養子として貰い受け、引き取つて養育していたというのであるから、右Aと拘束者らとの間には、そのころ養子縁組に対する家庭裁判所の許可をえて届け出ることによつて養子縁組が成立するまでの間、被拘束者に対する監護養育を委託する旨の準委任契約が成立したものと解され、拘束者らは正当な権限に基づいて監護を開始し継続していたものである。けれども、その後親権者をAから請求者に変更する旨の審判が確定し、請求者において被拘束者の返還を求めたときに解約の申入れがなされたものと解されるから、前記準委任契約は右解約によつて終了し、拘束者が被拘束者を自己の手許に置いて監護する権限は消滅したものというべきである。そうすると、拘束者は現在権限なくして被拘束者を監護していることになる。そして、被拘束者のような意思能力のない幼児を監護すること自体、幼児の身体の自由を制限する行為を伴うものであるから、人身保護法および同規則にいう拘束に当るものと解すべく、拘束者らは被拘束者を正当な権限なく拘束しているものというべきである。

三、本件のごとく請求者が親権者として被拘束者の監護権を有するのに対し、拘束者においては法律上監護を正当とする権限を有しない場合にあつては、請求者に被拘束者を監護させることを甚しく不当とするような特別の事情がないかぎり、拘束者における拘束の違法性は顕著であると解するのが相当である。

おもうに、親権者は、法律上その子を監護し教育する権利を有し、義務を負う(民法八二〇条)ものであつて、親権者において親権の濫用ないし著しい不行跡があるとか(民法八三四条)、或は子の利益を害する事情がある場合(民法七六六条二項)でないかぎり、その地位を喪失することはなく、その子を自己の手許に置いて養育監護する行為は適法かつ相当なものというべきであり、他方親権者の意思に反して他の者がその子の監護を続けることは、たとえその者が親権者よりもすぐれた監護能力があり、深い愛情があつて、将来子の幸福を増進する場合であつたとしても、監護権のないことによつてその子が現在および将来に亘つて予測される法律上ないし事実上の不利益を蒙むり、或は不安定な状態に置かれることが避けられないからである。

そこで、本件について請求者の監護を甚しく不当とする特別事情があるかどうかを考えるに、<証拠>によると、請求者は、実家において被拘束者を出産してからAに引渡すまでの八ケ月余を自己の手許で被拘束者を養育監護していたこと、請求者は、現在実家にあつて両親のもとで生活し、鉄工所に勤務し月収四万円余をえていること、実家には請求者の父母と農業を経営する兄夫婦一家四人とがいるが、いずれも請求者とは別棟の住居に居住しており、請求者が被拘束者を引取り養育することに賛成し、請求者が勤務している間は代つて監護するなど請求者の養育に協力を惜しまない意思を表明していること、以上の各事実が疏明される。

右事実によれば、請求者が、被拘束者を引取つて監護養育するについて、必しも万全の態勢にあるということはできないとしても、その監護を甚しく不当とする特別事情があるものとはいえず、そのほかに右特別事情の存在に関する疏明はみあたらない。かえつて拘束者がこのまま拘束を続けても、被拘束者を養子にできる見込みはなく、法律上他人の関係を続けるほかないから、将来被拘束者の病気や入園入学などについて責任を負いえない面が生ずる虞れがある。

そうすると拘束者の拘束はその違法性が顕著であるといわなければならない。

四、拘束者は請求者の本件請求が親権の濫用であると主張するが、拘束者の愛情や資力はともかくとして、請求者が養育することが被拘束者の幸福にならないというにたりる疏明はない。

五、以上のとおり、拘束者らは被拘束者を違法に拘束していることが顕著であるから、請求者の本件請求は相当として認容し、被拘束者を釈放し、同人を親権者たる請求者に引渡すこととし、手続費用の負担につき、人身保護法一七条、同規則四六条、民事訴訟法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(水上東作 安田実 中島尚志)

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